JAGA PARTY
朝7時に〜♪ 出発。
何処へかというと、お菓子で有名な帯広市!実家!
そう!オズステーションのライブです!!
いやぁ、我慢できなかったもんね、
7月のライブでちょっとツライ出来事があって、
そのあと、10月と12月にもライブあったんだけど、
みやむ〜のイベントと重なってたのもあって行ってなかったのさ。
でも今回は特に予定がなかったもんだから、
欲望を押さえきれなくて。まさに「Pleasure」。
さて、今回も移動は高速バス ポテトライナー。
安いからね。実はライブのこと全然知らなくて、
3日前に知ったのさ。もうお金なくなく。
どうせなら18切符買って、4/1の秋葉も行ってやろうと
思ったんだけど、時すでに遅し。
ヤマギワソフトに電話したら整理券あと2枚なので
急いで買いに来てください だって(笑)
そんなでやっぱり高速バス。
すっごい吹雪いてた。ナントカ警報とか出てたらしい。
途中で30分くらい片側動かなかったし。
でもある程度くらいに柏林台に到着。
正月に帰ってたから2ヶ月ちょっとぶりかな。
歩いて30分。家に着いたがみんな留守。
台所をあさったり、冷蔵庫あさったり。
そして、帰ってきた時のひとつの楽しみ
「勝毎」
十勝毎日新聞。地元のこととか載ってるのさ。
地元のFM局、なんかやってないかな〜って
ラジオ欄に目を向けると、そこには信じられない言葉が!
8:00 ブラボーファンキーボイス
「MAYUMI最後のブラボー!!
ありがとうそしてさようなら・・・」
ラジオをつけた時にはもう上野山さんしか出てなくて、
チラっとその話もしたけど、JAGA辞めるっぽい。
そして3時から始まった「ビート・ウェーブ」
新聞には「WOWから公開生放送!」としか書かれておらず、
ビート・ウェーブだから、栗谷さんなんだろと思ってた
するとラジオから流れてきた声は「MAYUMI&AI」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「MAYUMI&AI」、日記で話したことあるかなぁ、
あったとしてももう一度説明させてください。
私が高校時代、いじめられもせず、一部の教師からも
シカトをくらっていた時代、その時、私を支えてくれていたもの、
「グルグル」「みやむ〜」、そして「FM-JAGA」。
FM-JAGAとはいわゆるコミュニティFMで、
夜9時からはブギ―、11時からはパン箱という
私はいわゆるFM-JAGAフリークでした。
そして、月から金の9時から2時間、
普通の高校生なら、やれトレンディドラマだ、やれバラエティ
だと、みんながテレビにかぶりついていた時間帯、
その時聴いていたのがMAYUMIさんとAIさんによる
「ブギ―ワンダーランド」
芸能人とかが、影響を与えられたラジオ番組は?
という問いに「クリス・ペプラ―」とか
「赤坂泰彦のミリオンナイツ」とか言うけど、
私は「MAYUMI&AIのブギ―ワンダーランド」。
たしかにパン箱も同じくらい好きだったけど、
量てきにはブギ―だねやっぱ。
週10時間聴いてたもの。
大人っぽい感じのまゆみさんに、たまに毒を吐くあいちゃん。
話の内容も今の若者って感じで、すごい身近に感じる
番組だった。そしてかわいかった。
最初に見たのはいつだったのかなぁ。
芽室でバンドやった時だったかなぁ?
それほどに表には出なかったので、
ふたりが揃ってるところをまともに見たのは
エスタ完成記念の時、あのときだけだったはず。
そしてもうひとつ、私に影響を与えた言えば、
「ラジオ投稿」
本当に一時期だけだったけど、
手紙出して読まれたりとかしてたの。
当時のペンネームは今と全然違うけど、
現在のバタネン西川、全国放送ハガキ採用枚数
計50枚ちょっという、ヘビーリスナーなら
ペンネーム知ってるかもという程度のハガキ職人
バタネン西川が存在するのは、こんな私の手紙でも、
ちゃんと読んでくれたまゆみさんとあいさんがいたから。
バタネン西川発祥の地「ブギ―ワンダーランド」。
私が就職で帯広を離れて、ブギ―が聴けなくなって。
いつだろう?一年後くらいだと思うけど、
実家に帰ってブギ―聴くチャンスができたのね、
オズのライブの度に帯広には帰っていたけど、
平日に帰れるってことは全然なかったの。
たぶん仕事でだと思うけど、たまたま平日に帰れて
なまらうれしい!ブギ―が聴ける!
って思ってラジオつけたら、「オキラクゴクラク〜」
って、ブギ―が終わってんの!
もうショックだったね。
あの番組だけは終わらないと思っていたのにさ。
そんな悲しんでいるのも、やっぱり電波が届かない
距離があるからか、次第にうすれていきました。
そして結構最近、今年の頭か去年の暮れだと思うんだけど、
風の噂でMAYUMI&AIのコンビが復活したと。
どうしたんだっけなぁ?局に電話して確認したんだっけかな。
とにかく噂は本当で、すっごいうれしかった。
その番組名がわかったのは、今日、3時。
「ビート・ウェーブ」のオープニングを聴いて確信。
(回想終わり)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
まる3年ぶりのMAYUMI&AIのトーク。
そのトークの最初の内容は
「まゆみちゃんはこの番組は今日でお別れなんだよね〜」
そして、
「このビート・ウェーブは西4条南29丁目のCDショップ
ウェーブから公開生放送でお送りしています。
この最後のふたりを見に来てくださいね」
行ったさ。
まずウォークマンから自分で選曲して作った
ベストセレクションを取り出し、ラジカセに入れ、
ラジオを録音。
そして、西4条南29丁目まで猛スピード。
なんか新しくできた建物みたいので、
その一角にCDショップがあるみたい。
着いたのは3時半、中央のドアを開けると
正面にあるのはサテライトスタジオ。
そこにはふたりのDJがいた。
MAYUMI
&
AI
涙腺緩むね。もう二度と見ることのできないと
思っていたツーショットを見れた喜び、そして、
今日で最後という悲しみ。
まゆみさんはあんま変わってなかったけど、
愛さんはかなり おとなっぽかった。
ランキング紹介の音楽番組で、往年のブギ―のような
黄金のトークはあまりなかったけど、
ふたりがそこにいる、それだけで充分。
私はブースの真正面でじっと聴いていた。
やりずらかったと思うよ〜、見てたの最初私一人だったし、
ちょっと距離はあったものの、本当の正面だし。
MAYUMI&AIのトークを聴き始めてから約5年、
わかったことがひとつだけあります。
たまに出ていた「不仲説」がウソだったということ。
曲中とかCM中とか仲良さそうに話してて、
話の内容は聞こえないものの、
「あ〜、仲いいんだなぁ。」
って、思いました。
番組は5時まで。終わりにさしかかる頃、
よくオズのライブで見る人や家族連れが見に来たり。
そんな中、エンディング。
湿っぽくなることもなく、最後までたんたんとしていたのが
MAYUMI&AIらしいなぁって思いました。
しばらくするとふたりが出てきました。
途中から来た方達と話としている。
そのなか私は、記念に写真をとカメラを準備しました。
しか〜し、このバタネンが、
この小学校の時、学級の連絡網で私の後が女の子だった時
連絡網は私ですべてストップしたというバタネンが、
エクセルカールズのマネージャーに話しかけるのも
ひと苦労だったバタネンが、
ふたりに声をかけることなんて出来るはずもなく、
MAYUMI&AIはその姿が私のデジカメに収まることもなく、
私の前から去って行きました。
まぁそれが唯一の心残りと言えばそうなんだけど、
自分の性格は知ってたのであきらめはついている。
そんなことより、MAYUMI&AIの最後を
同じこの帯広の空の下で迎えることができたことが
嬉しくて嬉しくて。
悲しくて悲しくて・・・。
もう再結成はないのかなぁ。
もし私がビッグスターになって、
ある程度のことはお金でできるような人間になった時は、
頼むね。必死に頼むね。
一緒にラジオやろうって。
ちなみに、「バタネン西川のバタバタラジオ」の
最初の頃のコーナーで、「疑問、難問、わからんもーん」
ってあったでしょ、あれって、ブギ―のコーナー
「疑問、難問、わかんないんだもーん」のパクリ。
と、いうわけで、26日の出来事その1「MAYUMI&AI」
でした。かなりさっき書いた手紙とかぶっていますが(汗)
まぁそんなわけで店を出たのが5時半。
歩いても間に合いそうな距離なので歩く。
そして早めにライブハウスRESTに着く。
今回は場所と時間の情報がまったくなかったので、
RESTの前行けばポスター貼ってあるだろうと
思って行ってみたんだけど、なし。
不安になる。
そして6th GATEが頭を過ぎる。
97年7月26日 THE 6th GATE 痛恨の会場間違い。
あの時は焦った。
とりあえず、まだ時間が早いので様子を見る。
6時半過ぎ、も一度RESTに行ってみようと
広小路を歩いていると、ビラを配っている女の子を発見。
もらえなかったが、そのビラには
「OZ-STATION FROM THE WIZ」
と書いてあるのがはっきり見えた。
ひと安心。少なくともこの方達についてけば大丈夫。
7時、ライブハウスREST前。
開場を今や遅しを待っている方達。
やがて開き、入場が始まる。
私も一息入れて、入場。
あの階段を降りると、そこには変わらない空間があった。
普段は少年さん側が空いてること多いんだけど、
今日はTOMOさんのほうが空いてたのでそっちに行く。
今回のステージは金網はなかった。
金網はかっこよかったけど、見ずらかったのでOK。
後は本当に変わらない。
薔薇があって、手錠があって、MAX、、、、。
7時半、スタート。
4人が出てくる。
例えば、TOMOさんは最初の頃に比べたら、
外見はなんら変わらないが、性格っちゅーか
内面的に変わってきた。変わってきたっちゅーか
ばれてきた。ばらされてきた。
それとは逆なのが、少年さん。
多くは語らないが、格好がどんどんラフになってく。
最初の頃をチャゲだとすると、今日見たのはヒップホップ系?
ただ残念だったのは帽子で隠れて、
あの襟足が見えなかったこと(壊)
祖父母の家に行く度、「秀人は会う度に大きくなるなぁ」
って言われる。もちろん成長はとっくに終わってる。
そんなこぼれ話を入れつつ、8ヶ月ぶりのKIHOさんを
見た感想→ 「KIHOさんまた一段と大きくなったなぁ」
髪は短かった。そしてどうだろ、髪ちょっと茶色っぽくなかった?
KIHOさんて黒髪のイメージがあったよね。
十勝のエルビス。北海道のエルビス・プレスリー。
もしくはサタデーナイトフィーバー。
SUGIさんは変わらんねぇ、、、。
と、4人が出てきた。そして今回のテーマ「道」にふさわしい
「GO!」からのスタート!
8ヶ月ぶりでも、演奏が始まると自然にノるこの身体。
さっきも言ったが、今回はTOMOさん側。
でもね〜、前が空いてるの。
後ろにへばり付いてる人はいいとして、
真ん中あたりにいる5人、女性女性オレ女性女性。
特に右側の2人組は前に出そうで出ない。
頼むから出てくれよぉ。
しかも途中から来た女性の集団も後ろに付く。
GOを煮やし、真後ろの人に声を掛ける、「前どうぞ」。
今思えば、こんなイタイ奴に声掛けられたら
拒絶するのは当然だと感じるが、
その時はかなりテンション高かったので、
断わられたら、自分が前出ちゃった。
最前列左中央。TOMOさんとKIHOさんの間。
177cmが後ろの人のことなんて気にもせず前に出た。
周りの人は全員そう思っただろう。
別にいいんだけどね。嫌われるなんて今更。
でも、オズの人もやりずらかったろうね。
9割以上が女性の中、KIHOさんから少年さんにかけて
女の子一列ビシッているの。
そして、KIHOさんからTOMOさんにかけては
キモイ男がひとり。
俺が前に出たら、つられて横の人達も前に出てくるかなって
ちょっぴり期待してたんだけど、逆効果、
一歩退かれてしまったもんね。
そんなこんなで後ろの人を気になりつつもライブは続く。
今回の選曲も良かったー。
だいたいやったよね。BIG CITYがなかったかな。
でもアンコールで光の中へやったから。
下がってる時とか終了後とかに流れてた曲、
いいね〜。
出さないの?ねぇ、出さないのぉ?
9時半くらいかな、ライブ終了。
なんとも言えない寂しさに包まれながら
ライブハウスを後にする。
終わってすぐ帰れば汽車には乗れたんだけど、
なかなか帰らないもんだから、歩いて帰る。
一時間後、実家到着。
不眠症に悩まされがちだが、今日ばかりはぐっすりと。
次のライブはいつになるのかな?
基本的に最終土曜日でしょ、
4月29日なら、直球で行こうの公開録音
in奈良 が次の日。
5月27日なら、ファンクラブイベント
in関西 が次の日。
6月24日は、祖父の一周忌 in帯広
が次の日。
激戦区、最終土曜日!
う〜ん、最後いいこと言って締めたいんだけど浮かばない。
とにかく「MAYUMI&AI」。
昔、あのふたりに出会ってなかったら、
今の私はどう変わっていたんだろう。
そして「OZ-STATION FROM THE WIZ」。
そもそもネット始めたのがオズのHP目的だったから、
オズと出会ってなかったら、
ハッピーパウダーカンパニーはなかったよね。
KIHOさんの声は声ボイとかでちょっと残ってる。
でも、MAYUMI&AIはほとんど残ってないだろうね。
たぶんね、JAGAの2(3?)周年の時、特番だったのさ。
その時にね、「ブギ―ワンダーランド」と「パンドラの箱から・・・」
が合体した「ブギワンの箱から・・・」ってのをやったのさ。
DJはKIHOさんとまゆみさんとあいちゃん。
その時にね、3人でオリジナルの曲を歌ったの。
それがテープとして残ってるはず。
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